じゅんの部屋

日々の出来事や感じた事、考えている事をゆるく綴っていきます☆

失言に学ぶ言葉の大切さ

どうも、まじめブロガーのじゅんです。

 

 

今日のテーマは失言についてです。

 

 

失言とは

[名](スル)言うべきではないことを、うっかり言ってしまうこと。また、その言葉。「失言を取り消す」「公の席で失言する」

デジタル大辞泉より~

 

 

今そんなこと言わなくていいのに、とか、何でそんなこと言っちゃうの?っていうときありますよね。

 

 

よくTVで失言した人が謝罪会見している場面を見ます。

 

 

なぜ、人は失言してしまうのか?

 

 

私は、失言してしまう人って自分を客観的に見れない人だと思うんです。

 

 

他人から見られたらどう感じるか?とかこんな風に言われたら相手はどう感じるか?という想像力がないんだと思います。

 

 

自分の主義や主張を第一と考えて、まず発信してしまえという思考が無意識に働いているんではないでしょうか。

 

 

この無意識にというところが怖いところで、本人が気が付かないうちに思っていることや考えていることがふとした瞬間に失言という化物を生み出します。

 

 

なので失言をした本人には失言したという自覚がなく、自分が失言したとは感じていません。

 

 

そして度々失言を繰り返すのです。

 

 

ここにストレスや不満という外的要因が加わってくることで失言してしまう確率がさらに高くなります。

 

 

これには本人のバックボーンや生き方も関係してくるのかもしれませんが、言われた方には関係ないですし、いい気分もしないでしょう。

 

 

何かを発言する際には、今一度自分の置かれた立場や立ち位置を再確認する必要があります。

 

 

その上で思考するという過程を経てから話すことが大切です。

 

 

また、過度の緊張感も失言を生み出す要素になっているんではないでしょうか。

 

 

冷静に考えれば、そんなこと今言わないでしょうということが多々あります。

 

 

三者として見てる側としてはよくわかると思いますが、これが自分の立場になるとどうでしょうか?

 

 

緊張感が張り詰める中で苦し紛れに言い放った言葉が失言として相手に伝わってしまっていることがあるかもしれません。

 

 

言葉はナイフとなり鋭く相手に突き刺さるときもあります。

 

 

緊張感があるときにこそ冷静になり、よく思考をしてから発言しなければなりません。

 

 

思考停止状態が失言を生み出す大きな要因になりますので、普段から思考すること=よく考えることを訓練する必要があります。

 

 

生活している中で、自分だったらどう話すだろうか?相手はどう思うだろうか?と一度立ち止まって考えるだけでも思考していることになります。

 

 

誰かがしゃべっているときに聞き耳を立てて、自分だったらどうするか?と考える訓練をしましょう。

 

 

当然話すのにも相手がいることなので、やはり相手に対して最低限のリスペクトはしなければなりません。

 

 

これがないと失言する確率は高くなります。

 

 

言葉はナイフになると言いましたが、太陽のようにあたたかく照らすこともできるのが言葉です。

 

 

弱った心に火を灯し、寒くなった心をあたため、力強く動かすことができるのが言葉の力であり、本来の役割だと思います。

 

 

友人がしゃがみこんでいるときに、あたたかい言葉をかけることで友人がまた歩き出すことができるようになります。

 

 

絶望の淵をさまよい歩いている人に、言葉をかけることで明るく希望のある道を教えることができるのです。

 

 

今一度、自分がしゃべる言葉がどんな影響を与えてどんなふうに感じられているのかを考え思考してみてください。

 

 

そして想像してみてください。

 

 

言葉の持つパワーを失言ではなく人のためにつかえたとき、言葉が本来もつ意味を知ることができるのではないでしょうか。

 

 

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